ずみれもんって何者?初年度で年収2億売り上げた起業家に弟子入りして人生を変えたストーリー

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こんにちは、「ずみれもん」です。

 

現在僕は、学生起業して初年度で年収2億円売り上げた起業家である、

「新田祐士」

さんに弟子入りして毎日忙しながらも充実した生活を送っています。

 

新田裕士さんは、

  • 起業して最初の2年で5億円の利益を数万円の経費で出す
  • 1回のセミナー(講演会)に1000人を動員
  • 5万円の古神道の講座に1ヶ月で1000人以上をたった1人で動員
  • 3万円のライティングの講座に3ヶ月で3000人以上を動員
  • メール1通で最高6000万円を売り上げる(しかも、その時に送ったメルマガ読者は1000人)
  • etc…

ともはや異次元と言ってもいいレベルの実績を持っている方です。

 

そんな方に弟子入りした僕が、具体的にどういう生活をしているかと言いますと…

普段は新田さん所有のコワーキングスペース(8時間ぶっ通しで集中できる場)でビジネス構築作業や映画鑑賞会をしたり…

 

ときには京都の某田舎の専用施設で5日間ぶっ続けでビジネスの合宿を行なったり…

 

 

 

時には同じ仲間とともに余興のダンス練習をしたり…

 

青服が僕です

などなど非常に忙しながらも同じ志を共にする仲間と共に毎日充実した生活を送っております。

 

とまあ今でこそ誰もが羨むような生活をしている僕ですが、ここに来る前の僕は自他ともに認めるほどひどい生活をしていました。

お金に執着をして、ただただお金を稼ぐことしか考えてない最低な人間でした。

そんな僕がどういう経緯で新田さんの弟子入りをすることができたのか?

 

このページでは、僕の、

  • 貧乏だったけど幸せな家庭で過ごしていた幼少期
  • 母の死がきっかけではじまったお金への執着
  • お金に執着してネットビジネスの世界に踏み込む
  • 大金を手にしてやってきたのは灰色の生活だった
  • 僕の人生を大きく変えた1通のメール
  • お金持ち=幸せではないと知る
  • 全業種教育産業化の実現へ

の話を物語形式でしていきたいと思います。

 

もしあなたが、

「とにかくお金が欲しい!」

「お金自体は稼げたけど全然満たされた気がしない…」

「どうやったら新田さんのような人と関係性を持てるんだろう?」

という思いがあるならば、
僕のストーリーがその解消に役立つかもしれません。

 

貧乏だったけど幸せな家庭で過ごしていた幼少期

 

広島の田舎で生まれた僕の家庭は決して裕福なものとは言えませんでした。

収入源が自営業(大工)で安定しない職業についていた父の稼ぎのみで、今の時代には珍しく兄弟が5人もいたためその分の養育費もかかっていたからです。

友達が持っているゲーム機やおもちゃなんて到底買ってもらえませんでしたし、夕食はごはん、漬物、味噌汁だけというのもザラにありました。

でも、決して裕福とは言えなかったものの、優しい父と母とともに毎日笑い合って過ごす生活に、僕はとてつもない幸福感を感じていました。

しかし、そんな僕の幸せな生活はあることをきっかけに儚くも崩れ去ってしまいます。

 

母の死がきっかけではじまったお金への執着

僕が小学生になった頃に母が乳がんで体調を崩すようになってきました。

入院と退院を何度も繰り返し、治療が終わるたびに母はだんだんやせ細ってきました。

ただでさえ貧乏で生活がギリギリだった家庭に、母の乳がんの治療費が重なったことで、家庭は崩壊の一途をたどっていきました。

自営業の父は母の治療費を賄うため、限界まで仕事をとって毎日夜遅くまで働くようになりました。

母が作っていた質素ながらも温かみのある食事は消え、インスタント食品や既成品といった食事を、残った兄弟と年老いた祖父母だけで食べる日々を送ります。

毎日夜遅くまで帰ってくる父にたまには早く帰ってきてほしいことを伝えたときに、

「俺は1円でも多く稼いで母さんを助けないといけないんだ!」

と頬をひっぱたかれたこともありました。

あれだけ優しかった父がお金を追い求めたことでまるで別人になってしまいました。

当時の僕は1日でも早く母さんの乳がんが治って、元の父に戻って欲しいと毎日願っていました。

しかし、この願いは母の死という最悪結果で儚くも消え去ります。

「母さんが死んだ…」

小学校の卒業式を1ヶ月前に控えた日、母の訃報を父から知らされたときに走った背中の衝撃は今でも覚えています。

あれほど父が必死になって働いて得たお金も、母の手術を受けさせるのに必要な金額には到底及ばず、結局母に満足いく手術を受けさせることはできなかったのです。

「俺がもっとお金持ちだったら母さんを救えたかもしれないのに…」

人前で決して涙を見せなかった父が、涙をにじませて言ったこの言葉が僕の頭の奥に深く突き刺さりました。

「お金さえあれば母さんは死なずにすんだ。お金がなければ病気も治すこともできないし、叶えたいことも叶えることもできない。幸せになれないんだ。」

母の死をきっかけにして僕は、

「お金がなければ幸せになれない」

という価値観を持つようになり、お金稼ぎに関して異常なまでの執着をするようになります。

 

お金に執着してネットビジネスの世界に踏み込む

母の死をきっかけに僕は常にお金第一優先の行動をとるようになりました。

アルバイトを探すときも就活をするときも第一に見るのはどれだけお金がもらえるのかということ。

お金だけを見て就活をしていって、世間一般で見れば給料が高いと言われている会社になんとか就職することができました。

それでも、当時の僕は得た額以上の金額を常に求めるようになっていました。

あわよくば1秒も働くことなく不労所得を得て思う存分暮らしたいという願望をなぜか持っていたのです。

そんなある日僕はふとしたことがきっかけでネットビジネスの存在を知ります。

  • ネットで構築した資産で1秒も働くことなく数千万円の収入を得る。
  • 毎日好きな時間に起きて好きなことをして好きな時間に寝る。
  • 面倒くさい人間関係も一切なしで関わりたい人とだけ関わる。

と、普通に生きていたら到底叶えられそうもない夢のような生活(当時はそう思ってました。)を実現できる人がいることに僕は大きな衝撃を受けました。

「僕もネットビジネスで稼いで大金持ちになってみせる。そうすればきっと幸せな未来がやってくるんだ!」

突発的に会社に辞表を提出した僕は、当時のメンターに数百万のコンサル料を払って、ネットビジネスの世界に飛び込むようになります。

 

大金を手にしてやってきたのは灰色の生活だった

 

会社をやめてからの僕は一切人に会うこともなく、ただひたすらネットビジネスに取り組んでいきました。

時には2週間以上一言も言葉を発することもなく、パソコンと向き合って作業をすることもありました。

それだけの労力を費やしたかいもあって、ネットビジネスを始めて半年立つ頃には50万円の収益を1時間前後の労働で得られるようになってきました。

不労所得とまではいかなくても、会社員のときよりもはるかに短い時間で多くのお金を得られるようになったのです。

「お金がなければ幸せになれない!」

そんな思いを10数年抱えた末にようやく叶えたお金のある生活。

でも、それが幸せな生活につながったのかと言われたらそうでもありませんでした。

お金を第一の基準として行動していた当時の自分に、真の意味で友達と呼べる人はいませんでした。

それどころか、これまで全く接点のなかった人たちが、僕のお金目当てで寄り添ってくるようになったのです。

いざ大量のお金や時間を手に入れても使うこともない。

かといってそのお金に群がってくる人たちと接するのも面倒くさい。

僕は全てが面倒になり、人との関わりを避けてただ暇をもてあます日々を送るようになりました。

毎日昼に起きて、1日中ゲームやアニメ観賞をして、少しだけ仕事をして寝る。

人との会話はコンビニの店員や家に荷物の配達にくる配達員だけ。

そんなニートとほぼ変わらないような生活を送る日々。

最初こそ楽しかったものの、2,3ヶ月も立つとその代わり映えのしない生活に、人間としてどんどん駄目になっていく自分がいました。

「これが本当に自分が送りたかった人生だったのだろうか?」

「こんな生き方をしていて天国の母さんは喜ぶのだろうか?」

「このまま一生こんな生活で人生を終えていいのだろうか?」

灰色の生活を送る中で、このようなことを考える時間が増えてきました。

 

僕の人生を大きく変えた1通のメール

そんなある日、僕のもとに1通のメールが届きました。

それは、ネットビジネス界では知らない人はいないと言われている、
「新田祐士」
さんからのサポーター募集メールだったのです。

新田さんはネットビジネスをしている人では知らない人がいないほど有名な方でその実績も、

  • 起業して最初の2年で5億円の利益を数万円の経費で出す
  • 1回のセミナー(講演会)に1000人を動員
  • 5万円の古神道の講座に1ヶ月で1000人以上をたった1人で動員
  • 3万円のライティングの講座に3ヶ月で3000人以上を動員
  • メール1通で最高6000万円を売り上げる(しかも、その時に送ったメルマガ読者は1000人)
  • etc…

ともはや異次元と言っても過言ではないほどのずば抜けたものでした。

ネットビジネスをはじめたときから、その類の人のメルマガは数多く読んでいました。

その中でも新田さんのメルマガだけは、唯一メールが来るたびに読んでいました。

ネットビジネスをしている人のメルマガは、ひたすら自分のことをブランディングして、相手を煽るようなものが大半。

そんな中、新田さんのメルマガだけは違いました。

新田さんのメルマガは自分のブランディングをほぼしていない(煽りにいたっては0)のにもかかわらず、読むたびに今まで自分が持っていた価値観が破壊される。

そんな密度の濃いおもしろいメルマガを送っていたのです。

毎日さり気なく読んでいるうちに僕はいつの間にか新田さんのファンになっていたのです。

「どうやったら新田さんのようなメールを書けるようになるのだろうか?」

「どうして新田さんの周りにはあんなに多くの志の高い人が集まっているのだろうか?」

「その秘訣さえ分かれば僕の人生は一気に変わるかもしれない…」

そう思っていた矢先に新田さんから来たサポーターの募集…

これはもう行くしかない。

当時広島に住んでいた僕は、一切の迷いなく、新田さんの住む大阪の樟葉にまで引っ越しをして、サポーターとして活動させていただくようになりました。

 

お金持ち=幸せではないと知る

今まで雲の上の存在だった新田さんや、その周りの人にいる人達を見て衝撃だったこと。

それは、

「かつては億以上の収入を得ていて、悠々自適な生活を送っていたけど、虚しさを感じてどう生きていいかわからなくなった。」

「そんなときに新田さんや新田さんとか変わっている人達に出会ったことをきっかけに、今はその生活を捨てて『本当に』日本が良くしていくための活動をしている。」

「稼いだお金のほとんどは、皆の活動の手助けとなる資金や、活動の幅を広げるための資金として還元する。」

というものでした。
(他にも数え切れないほどあります。)

当時、お金さえ稼げば今持っている悩みのほとんどはなくなって、幸せな人生を送れると思っていた僕にとって、この考えは非常に衝撃的なものでした。

僕は過去にいくつかの起業家コミュニティに所属して、

「日本を良くしていきたい!」

と口に出す人を何人も見てきました。

しかし、そう言う人は例外なく、自分をブランディングするための決まり文句で言っているだけでした。

実際は、ひたすら利益だけを追い求めて稼いだお金を自分の欲望のために使う人ばかり。

でも、新田さんや新田さんの周りにいる人達の話を聞いたりその行動を見ていく中で、

「この人達は本物だ!」

と日々サポーターとしての生活をしていく中で思えるようになったのです。

僕が母親を亡くしたことをきっかけに、お金を稼ぐことに執着をしている話を涙を流しながらした際も、2時間以上にも渡って話を聞いてくださった上で、糺していただき僕に役割を与えてくださいました。

ときには一人で悩み事を抱えてしまって、逃げ出してしまったときも、周りの人達が日中探し回ってくれたこともありました。

そんな「お金」という枠組みを超えた、暖かみのある人間関係の中で、当時凍てついていた僕の心は徐々に解けていきました。

小学生の頃にとうに失ったはずの「幸せ」という感覚を取り戻すことができたのです。

 

全業種教育産業化の実現へ

ネットビジネス

僕は現在新田さんが掲げている、

「全業種教育産業化」

の実現に向けた活動のお手伝いをさせていただいております。

全業種教育産業かとはなにか?

新田さんが説明している文面を一部抜粋させていただきます。
(全部載せるととてつもない長さになるので本当に一部分だけです。)

例えば、僕のところには、
医療関係の仕事をしている方(医者、歯科医、医学部の先生、薬剤師)も沢山くるのですが、
医療が今後どんどん発展して、もし全ての病気がカンタンに治るような世界になったら
もう医者は要らなくなるのか・・・?

そうではありません。

医者が無くなるわけではなく、
医者の役割が変わるのです。

どう変わるのか?というと、
「病気を治す仕事」ではなく、
「病気にならないカラダ作りを教える教育ビジネス」
に変わるのです。

すると、お客さんとの関係が、
ただ「病院に来ている時だけ」から、
「それ以外の時」にも、ウツっていきます。

あるいは、病気になっていない人や、
その病院とは遠いところに住んでいる人も、
ターゲットとなりうるのです。

僕は、ビジネスを通じて、教育のシステムを作っている方や、
政治家の方たちとも交流する機会を頂いたことがあります。

彼らが一様に言っていたのは、
「今の政治の仕組みだと、まともな教育なんて絶対に作れない」
ということです。

今の教育の仕組みは、アメリカに圧力をかけられ、
日本人が、本来持っている精神性を発揮しないように、
罪悪感を植え付け、自分たちの原点を教えず、
志を持たないような教育を施されているのです。

だから、いくら教育の仕組みを変えようとしても変わらないし、
変えようとすると、圧力をかけられて潰されてしまうのです。

僕がずっとやりたかった教育は、
「教育業界」というフィールドでは実現しないなということが分かりました。

だったら、新たな教育産業を作ってしまえば良いんじゃないか、と思ったのです。

だから、僕が最終的にやりたいのは、世の中にある様々な業界に、
インターネットを使った情報ビジネスを導入することで、
「全業種を教育産業化する」
ということです。

もしそうなったら、今の教育システムに変わる、
新たな教育システムが出来上がります。

しかも、あちこちに。

わずか800文字程度の抜粋ですが、これだけでもこの全業種教育産業化の凄さと、その言葉の重みが分かるかと思います。

10〜20年前に同じことを言っても、ただの夢物語と笑われたことでしょう。

しかし、今はインターネットがあります。

インターネットを使うことで、企業はもちろんのこと個人でも、有益な情報を発信することができ、そこから人を集めることができるようになります。

実際新田さん自身も、最初は何の実績もなかったタダの大学生の頃からネットビジネスを始めて、今では数千人の人を動かせる影響力を持つ人になっています。

そんな新田さんと同じような影響力を持つ人が、5人10人とさらに増えていって、この理念を広めていければどうでしょうか?

決して全業種教育産業化は夢物語ではなく、近い将来実現されるものになることでしょう。

そしてこの全業種教育産業化が実現されれば、
『本当の意味で』
日本は良くなると確信しています。

今の僕はその全業種教育産業化の実現のために、忙しいながらも周りの人達と支え合いながら生きる生活を、同じ志をともにする仲間と共に送っています。

今回のプロフィールをご覧いただき、かつて僕が抱いていた、

「お金さえ稼げば幸せになれる!」

という考えに少しでも疑問をもっていただき、

『本当に意味での幸せ』

を感じ取っていただけたのであれば幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

P.S

最後に、僕が新田さんのサポーターとして活動し、人生を180度変えるきっかけになった無料メルマガ(コミュニティ)のご紹介を致します。

それが、新田さんが、

「年齢も性別も関係なく、誰もが無料で学べる“場”を作ろう。」

という思いで作られた

「NEXTGENERATION」

というものです。

誰でも無料で登録できる唯一のコミュニティで、届くのはとてつもなく濃密なメールの数々。

僕はこのメールを読むことがきっかけで、今まで送っていた灰色の日々とも別れを告げることができました

「これ本当に無料なの!?」

と驚くくらいものすごく濃密なメールが毎日送られてきて、読むたびに今までもっていた価値観が破壊されるものになります。

もし仮に合わないと感じたとしても、すぐに購読解除(届かなくする)もできます。

「人生を変えたい!」

そう思っている人は、きっとこのメルマガ(コミュニティ)が架け橋となることでしょう。

実際に人生を変えることが出来た僕が言うのですから間違いありません。

「NEXTGENERATION」に参加する。

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